筆者は両親の介護を30年しました。
結婚し家を出てからの30年のうち、20年は父母の通院に頻繁に付き添い介護。最後の10年は通い介護。そのうち5年は車で30分超えの距離を日に2往復する日々でした。そして母が亡くなる前の最後の数か月は、母の家に泊まり込みの24時間介護をしていました。
今、介護を終えて想う事は「娘として無理な事をしていた」という事です。1日24時間は、みな平等に分け与えられた時間なのに、私には自分の時間は全くありませんでした。ただただ、介護に走り回った年月を送りました。
24時間介護 から セルフネグレクトに
この経験から学んだことは、例え人手が足りなくとも、介護は一人で背負ってはいけない、ということ。介護者の心も体も蝕まれるだけでなく、介護者の家族の体調や心のケアに手が回らなくなったりと、周りにいる人全員に影響を及ぼします。
私の場合は後に、当時セルフネグレクトだったのでは?と言われました。
※セルフネグレクトとは?
セルフネグレクトとは、成人が通常の生活を維持するために必要な行為を行う意欲・能力を喪失し、自己の健康・安全を損なう状態を指します。
確かに当時の私は、お風呂に入らない、髪の毛もとかさない。洋服は毎日数枚を回転して着ている。買い物は全て母の為の物。一日に自分の時間として取れるのは、ヘルパーさんが来る30分だけでした。その30分を使って近所のコンビニに買い物に行くことだけが、私の楽しみでした。
ライフワークの力
そんな大変な24時間介護中にも、私のライフワークの収入は100万円を超えていました。何故私がそんなことが出来たのかというと、介護生活の20年の間、自分の生き方(ライフワーク)を調整してきたからです。自分の強みは何かを把握し、その強みを生かした仕事を探し、自分で時間が調整できるよう個人事業主にシフトしてきたからです。そのおかげで介護と仕事を両立させ、生きることが出来ました。
私が介護前から自分に適した仕事を探し生きてきたことで、介護中であっても私の仕事は、大きな花を咲かせ、私自身を助けてくれました。苦境の私の心を「私のライフワーク」がどれほど救い、生きる力をくれたことでしょう。どんなに苦しい状況であっても、好きを仕事に生きていれば、それは生きるのエネルギーとなり得ます。
どんなに苦しい状況に陥っても、人の心を助けてくれる「その人それぞれのライフワーク」。
このサイトでは、私がライフワークとなる仕事を探すまでにやってきたことや思考法から、ライフワークを見つけるエッセンスとなる情報を選び、まとめています。

